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Nov 29

エージングという言葉は、オーディオの鬼門です。多くの場合、信用されないでください。

新品の真空管には確かにエージングがあります。新品のスピーカーなどにも、エージングはありそうです。しかし、わざわざエージングの方法を模索するほどのものではありません。良いスピーカーは最初から良い音がするものです。エージングの方法をうたった商品などには、手は出さないほうがいいでしょう。方法などなくとも、三ヶ月も使えば十分なことです。

エージングについては神経質にならないほうがいいです。

品質が悪いから、音が悪いからこそ、セッティングが合っていないからこそ、エージングのせいにしていることが大半です。

問題はケーブルです。

ケーブルには、エージングは全くありません。皆無であると、断言します。エージングがないのですから、エージングの方法も、ケーブルには、全くありません。

トランジスタアンプにも、それほどエージングがあるとは思えません。クラウンD45のお客様のコメントを読んでいただければ分かります。それらのコメントの大半は、鳴らした途端に出てきた音です。

このコーナーの、「クラウンD45・コメント集(追加分)」の、7さん、10さん11さん(10さんと11さんは同一人物です。)からの報告を参照されてください。少なくともクラウンレベルのアンプには、エージングなど全くないことが判明しています。しかし当初は、7さんと10さんも音の変化を感じておられました。つまり、なんらかのエージングをアンプで体験されたということです。しかしそれは、アンプそのもののエージングではなかった、ということです。

さて、

当店はケーブル類を中心に扱っていますので、ケーブルにはエージングなど全く無いことを、熟知しています。2年使い込んだベルデン8412があるとします。新品に交換するとします。誰一人として、音の違いは感知できません。例外はあり得ません。全く同じ音なのですから、ケーブルのエージングなど、誰にも感知できようはずがありません。

にも関わらず、うまくいかなかった場合、エージングと皆さん言われます。本当はエージングなどではなく、方法としては、スピーカーケーブルの長さ調整や太さの選択などで、セッティングを緻密にしなくてはならない場面です。積極的に、自力で、又は、どなたかに相談していただいてもいいですが、とにかく縄目を抜けてください。

エージングという言葉、これは、自分がオーディオ屋の店員だったらと仮定してみると、分かりやすいです。自分がオーディオ屋の店員であると想像してみてください。今月の自分の売り上げを確保しなくてはなりません。でないと、給料が出ません。クビになることもあるのです。

100万円のケーブルを、お客様に勧めて売ったとします。オーディオ店の利益はおそらく40万円から50万円にも及びます。だからこそボロいと分かっていても、そのようなケーブルを、特に積極的に扱って、しかも積極的に勧めて売るのだろうと、想像しています。ところで、100万円のケーブルを買ったかたが、持ち帰ってアンプに接続してみて、ろくな音ではなかったと、返品を要求してきたとします。その時、自分が店員さんなら、どう言うでしょうか?

返品されては、40万円もの利益が、飛びます。

給料が減るかもしれません。ボーナスが減るかもしれません。いや、営業成績の悪い人は今月こそクビになるかもしれません。

エージングという言葉は、常に、買う側ではなく、オーディオメーカー、オーディオ屋、ケーブルやボロいアンプを売る側にとってこそ、とても便利な言葉です。

反面、買う側にとっては、おそろしいばかりの、オーディオの鬼門です。

「3年間エージングしなくては、真価が出てこないほど、それほどまでに、良いケーブルなんです!」

「3年間エージングしてみてください!必ずそのケーブルの良さがわかるはずです!鳴らせば鳴らすほど、音が良くなるのです!」

「安いケーブルと高いケーブルとの違いは、鳴らせば鳴らすほどエージングされて音が良くなっていくことです!」

もちろん、全部デタラメです。この悪知恵には、感心してしまいます。3年後には慣れてしまって、ケーブルではなく、人間の耳のほうがエージングされてしまう結果になります。その頃には良いも悪いも分からない、グツグツの状態に陥っているものと想像しますが、高かったのだから良かろう、エージングも済ませてあるのだと、同時に信じ込んでしまっておられることと想像します。

ケーブル店からは、その後、さらに悪質な追い打ちがかかるかもしれません。

お客様が、満足していないからこそ、不満だらけだからこそ、ケーブルがボロいからこそ、成立しそうなことです。

「良いエージング方法の装置があります。これにケーブルを接続しておけば、3年かかるエージングが、たったの1年で済みます。最高のケーブルの能力を、引き出してください!」

これは・・・、まさか実際にこんなことがあるとは思えません。

と、思いきや、まさかと思って調べたら、ケーブルをエージングさせる方法の装置が出てきました。価格は不明です。価格を知るのが怖いくらいのエージング装置です。

また、調べていたついでに、エージング済みのケーブルを売っているオーディオ店まで出てくる始末で、あっけにとられてしまった次第です。いったいぜんたい、オーディオの泥沼、ケーブル地獄は、どこまで深いのか? 少なくとも私の想像を越えていたということが、これで分かった次第です。

はっきり、ケーブルなどに、エージングはありません。これは真実ですから、肝に銘じてください。

ただし、音が変化した瞬間の、スピーカーの箱の鳴り、部屋の鳴りが、その変化についていかない場合があるでしょう。スピーカーの箱や部屋がなじむまで、しばしの時間があるかもしれません。それはエージングと言えるのかもしれません。他にはヘッドフォン、イヤホンなどもエージングがあるかもしれません。物理的に振動板を振動させて音を出しているものがヘッドホンやイヤホンなのですから、例えそれが短時間で済むものだったとしても、スピーカーと同じ理屈になります。

ただし、イヤホンなど、ただのイヤホンであり、エージングの事を考えるほどのものではないということは、明記しておかなくてはなりません。イヤホンやヘッドホンの振動板など、非常に小さなものであり、わざわざエージングせずとも、聞いている間に自然に終わる筈のものです。イヤホンやヘッドホンのエージング機械が存在するかどうかまでは知りませんが、あったとしたら、イヤホンやヘッドホンの世界もおそろしい限りです。(調べてみましたら、イヤホンやヘッドホン用のエージング用CDがありました!)

それと、人間の耳の側のエージングです。これが大きいのです。耳が慣れてこなければ、音が激変した場合、はっきりした善し悪し、何が今起きているのかが、よく分からない場合があります。

これがエージングの、本当の正体です。

ですからエージングなどという、惑わしの「罠」にかかってはなりませんし、「落とし穴」に落ちてもなりませんが、その種のエージング(スピーカー、ヘッドホン、イヤホン等)につきましては、お客様と関わっていて、確かにエージングというものが、かなりの比重で存在していると感じています。

ただ、一晩経って朝もう一度聞いてみたら、もの凄い音だったので、飛び上がってしまった、というようなことも、お客様からの報告を受けたことがあります。部屋やスピーカーの箱やヘッドホン、イヤホンが一晩で変化するはずはありませんから、こればかりは、人間の耳の側のエージング、又は、深夜には、もうろうとしていて、耳が慣れておらず、分からなかったという例なのでしょう。

当店は、お客様に対して、エージングという言葉を使ったことは、ありません。

ケーブルのエージングについて聞かれれば、「ケーブルに、エージングはありません。」と、常に回答しています。

エージングというデタラメ!・その異常性!を大公開!(オーディオ問題) (via uessai-text) (via salz) (via kondot) (via ethica) (via ljmp) (via otsune) (via termin) (via maybowjing)

“社会「働けクズ」 企業「クズは働かせません」 俺「もう死ぬ」 社会「自殺はやめよう」 俺「じゃあ死なない」 ν速「クズは死ね」 俺「もう死ぬ」 両親「お願い!死なないでちゃんと働いて!」 企業「クズは働かせません」 俺「ワロタ」” Twitter / ありさね(12コマ 欠席6): 社会「働けクズ」 企業「クズは働かせません」 俺 … (via yuru-neno) (via hazime1373) (via n13i) (via kossie)

Nov 28
“残りの人生で今日ほど若い時はない。”

http://anond.hatelabo.jp/20090514063354

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“今さっき気づいたけど twitter って仕事の邪魔だな。” Twitter / kotori (via kogumarecord) (via suigetusawa) (via b0c) (via yysgw) (via yasunao) (via gkojax)

kuwataro:

otsune:

send:

seepassyouagain:

院生のときに、対照的な二人の卒論生の手伝いをした。近所の工科大学の学生たちだ。
ひとりは人なつこく、二十二とは思えないほど如才ない。就職の内定をばしばし取ってくる。
もうひとりはイエス/ノーも首の動きだけで示すほど内気。強いて意見を求めると、隣にいる積極的な彼に何かぼそぼそ言い、代わりに説明してもらう。内定は全然もらえていなかった。

私はその二人を実験協力者のところに連れて行き、「じゃあこの人にシステム使ってもらってインタビューとかしましょう」と言った。
私はそのとき何も考えていなかった。それが私の研究に必要で彼らの卒論にもなるから頼んだだけだ。
それから積極的な彼には消極的な彼の伝言板にならないでほしいと言った。それも狙いがあったわけではなくて、見ていてなんだか不愉快だからというだけの話だった。
実験協力者には事前に学生たちの性質について説明し、多少の失礼は許していただけないだろうかとお願いしておいた。
慣れるまでは横で見ていて、慣れたら後ろで知らん顔をしていた。インタビューメモも自分でとらなくて良いしラクだなあ、と思っていた。

そうしたら消極的な彼が、挨拶をするようになった。帰りにはありがとうございました、なんて言う。
とても驚いた。
それから彼は、実験協力者にはなじみのないコンピュータ用語を言い換える表を作ってきた。見ていると、挨拶も話す内容も全部事前にメモにしていた。もちろんその様子は不自然なんだけれども、不自然であることはとくに問題にならなかった。
いつも曖昧な微笑のような表情だったのが、そうでない顔も見せるようになった。
そのうち人の目を見て話すようになった。
その後はもうコミュニケーション能力うなぎ登りで、あっというまに「朴訥な若者」くらいの感じになった。
わずか半年間のことだった。

いったいなんでまたそんなに劇的に変貌したのかと訊いたら、どうやら何度か会った実験協力者たちが良かったらしい。
一人はやさしそうなおじいさんで、なにかというと楽しそうに笑う人。その次の一人は世話好きの中年女性で、なにかというと偉いわねえ、たいしたものねえ、と感嘆する人。
怖くないからがんばれた、それに実験が終わったら会わない人だからがんばれた、そうしたら自信がついた、という。

それから、私が自分の大学の所属ではなく、「まあ適当に努力すれば○○先生(彼らの指導教授)は卒業させてくれるよ」などといいかげんなことを言っていて、しかも職を得られずフリーターっぽい生活をしている若干気の毒な人であったことも、良かったらしい。
偉い人や立派な人は怖かったのだという。それに、自分の生活に強い影響力をもつ人や、共通の知りあいがたくさんいる場で接する相手には、どう思われるか気になって仕方なかったのだと、そういう意味のことを言う。

彼の生活の大半は、授業やゼミへの出席と、家族や少数の友人との時間と、ひとりでいる時間で成り立っていた。匿名的でない形で彼と接する相手はみんな彼にとって重要な人物で、どうでもいい相手がいなかったのだ。
どうでもいい相手がいないといろんなことが練習できない。どうでもいい相手と気楽に接するというのは、たいへん重要なことだ。

「情報系の企業としては、技術力はそこそこで良いからコミュニケーション能力のある学生がほしい」という話を聞く。
企業が欲しがっているのは、人生をよりよく生きるための汎用的なコミュニケーション能力などではないと思う。それがある学生がいればとても欲しいだろうけれど、そこまでは求めないだろう。
「上司や同僚や顧客の言うことがそこそこ理解できる」「上司や同僚や顧客をそれほど不愉快にさせず業務を遂行できる」という程度の能力があれば、おおむねOKなんじゃないだろうか。

それなら実習で知らない人に揉まれる機会があると効果的じゃないかと思う。
適切な相手と、適切な場でやりとりする機会を用意し、何かあったら教員が責任をとる。それを情報技術の習得のプロセスとしておこなう。
そういう実習をやればいい。
ソフトウェア開発やシステム構築を学ぶ学生に対して、フィールドを用意しておく。そしてあちこちに需要調査やテスト操作やユーザ評価を入れる。

それを経験すれば仕事で必要な意志の伝達も上達しやすいんじゃないかなと思う。直接的な効果としては、非専門家向けの話し方なんかも身につくだろう。
相手はやさしげな人ばかりでなくてももちろん良い。極端に怖がりの学生にはそういう相手のほうが適当かもしれないけれど、学生の実習を受け入れてくれるだけの余裕のある人なら、どんな性質でもかまわないと思う。バリエーションがあること自体が望ましいことだ。
それで歴代の学生集団が実験協力者たちの望むソフトウェアを作ったり、システムをメンテナンスしたりすれば、一応のお礼にはなるだろう。

件の内気な彼は、仲間から少し遅れて内定をもらい、にこにこ笑って出て行った。


Nov 27
  • YANA1945: 96年を頂点とする女子高生ブームは、インターネットが絡まない最後のブームだ。それ以後はネットが関与しているから、ブームに地方の若者も参加している。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4734779169]
  • YANA1945: 今なら、「渋谷の女子高生があーだこーだ」という言説にたいして、「そんなわけねーよ」と女子高生がブログに書けば終わってしまうことでも、女子高生ブームのときは、そういう当事者の声は聞けなかった。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4734922606]
  • YANA1945: 宮台真司や村上龍やSPA!を通じて、「東京の女子高生」を知るしかなかった。それを誰も否定できなかった。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4734947063]
  • YANA1945: ゼロ年代のアキバブームだと、全国どこにいてもオタクの「そんなわけねーよ」を聞ける。女子高生ブームの場合、SPA!が「都心の女子高だとクラスの半分が援交している」と書けば、それが真実となり、誰も否定できなかった。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4734988396]
  • YANA1945: というわけで、田舎の男子高校生は必死になってSPA!を読んだ。クラスメイトの女子たちは誰もルーズソックスをはいていなくて、渋谷のことは遠い外国のようだった。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4735018583]
  • YANA1945: フランス文学の大学院生がパリに留学する気持ちで、田舎の高校生は東京の大学に進学した。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4735041077]
  • YANA1945: しかし、女子高生ブームについて、その後の検証は誰もできない。当時、都内の女子高生がみんな援交していたのか。知り合いの東京生まれアラサー女子は「あのときのSPA!なんて全部嘘だよ」と教えてくれたが、じゃ、宮台が見たものは何だったのか。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4735087453]
  • YANA1945: 90年代女子高生ブームと南京大虐殺論争は構造が同じだ。起きている事実は一つなのに、何が起きていたか確かめようがない。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4735109966]
  • YANA1945: 援交ブームの当事者の回顧録もいくつか本になっているが、そのほとんどが「本格的な売春話」であって、当時語られていた「カッコイイな援交」とはほど遠い。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4735136669]
  • YANA1945: 援交ブーム否定論は多くの元女子高生たちが語るが、援交ブームがなかったことの証明にはならない。だいたいSPA!のライターや宮台の見たものは幻なのか。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4735160234]
  • YANA1945: 僕が上京したのは2000年だから、いかなる意味でも当事者ではない。90年代の渋谷を全く知らない。 [http://twitter.com/YANA1945/status/4735221009]





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